「愛未・・・」



瑞紀は、愛未に駆け寄る。

そして、見下す愛未と床に寝転んだ状態の麻美を、交互に眺めた。




「―――きょう、自習だよね」



突如愛未が、口を開く。

空かさず優羽がうん、と返事をした。



「じゃあ、教室戻らないと。もうすぐ期末考査だよ」



愛未は微笑みながら言う。声が笑っていなかったことは、言うまでもない。



「何やってるの?優羽、瑞紀、景子、みんな。」



愛未は、麻美の作った血だまりを靴で踏んでいく。

ぴちゃり。ぴちゃり。ゆっくりとした愛未の歩調に合わせて、血が飛び跳ねる。

動揺もない、硬く引き締まった表情。

周囲の者が、恐怖を覚えるほどであった。



「行くよ」

「!」



愛未の声。ぎくりとした反応が、空気を伝わり感じられる。

張り詰めた空気。着いて行かないといけない。わかっていても、足が動かなかった。





「…瑞紀」

「えっ」



我に還った瑞紀が顔をあげた時には、その場には優羽と、

未だ血を流し続ける麻美しか居なかった。



「行こうよ。愛未、行っちゃったよ」

「・・・」

「ビビったって仕方ないよ。もうやっちゃったんだし。」

「・・・片付けとく」

「えっ?本気で言ってるの?」



瑞紀は無言で頷いた。



「…愛未にバレたらどうなるか・・」

「違う」

「何が?」

「麻美のためじゃなくて…愛未のために。バレたら愛未大変じゃん」



苦しいながらの言い訳だった。

こうでも言わないと、自分も危ないことは目に見えていたから。

元々仲が良かったから、助けたい。と言う気持ちが瑞紀にあった。



「・・・わかった。愛未には言っとくね。」

「ありがと。すぐ行くから。」



優羽は更衣室をゆっくり出た。

そしてバタバタと走り去っていった。

遠くなる足音を聞きながら、瑞紀はゆっくり麻美を見据えた。



   *



「優羽、瑞紀は?どうしたの?」

「アイツ片付けてくるってさ」

「何?同情しちゃってるワケ?」

「んーん。なんかあとでバレたとき愛未が大変だろうからって。」



教室に戻った優羽に待ち受けていた愛未。

出入り口付近にある麻美の机に腰掛けて携帯をいじっていた。



「それ、ホントだよね?」

「当たり前じゃん。あたしも瑞紀もウソつかないよ」

「・・・」



愛未は立ち上がる。ガタン、と机が傾いた。

結局倒れなかったが、愛未が蹴飛ばしたので机は床に倒れた。

中に入っていた教科書やノートを床に散乱させて。



   *



「…麻美?」



恐る恐る、瑞紀は麻美に話し掛けた。

溢れ出る血の海に足をゆっくり進めながら。

血が跳ねて上履きが汚れようが、瑞紀は気にしなかった。



「瑞紀・・・?」

「生きてる?」

「う…ん。」

「よかった。大丈夫?」

「んっ…。アタマ・・」

「頭?あ、そっか。」



未だ塞がらない生々しい麻美の頭の傷。



「保健室行こう・・とりあえず」



ひとりでは立てそうもない麻美を、瑞紀はゆっくりと起こしてやる。

瑞紀の制服に深紅の血が飛び散り、滴る。

けれど瑞紀は気にせずに麻美の両足を地につけた。



「な・・・んで」

「えっ?」

「何で・・瑞紀は、戻らな・・・かったの?」

「何でって」



瑞紀は麻美に微笑みかけて、そして言う。



「同じ中学の唯一の友達だから。あたしと麻美しか居ないんだよ?」

「瑞紀・・・ありがとう」



瑞紀が言った瞬間、麻美の両目が霞んだ。

涙が床に溜まった鮮血に滴る。一粒、また一粒と零れていた。






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