保健室のベッドに、麻美を連れて行った。 そして麻美を寝かすと、瑞紀は先生を探す。 「瑞紀…あたし、大丈夫だから・・・っ」 「大丈夫じゃないよ!いっぱい出血してるのに。」 「・・・」 「大量出血で死んだら虚しいじゃん?」 微笑みかけた瑞紀に、麻美は顔を歪ませながら笑う。 無理しないで。そう言ったあと、瑞紀はバタバタと保健室をあとにした。 瑞紀を見送った麻美は、微かに震える右手で傷口を拭った。 ズキン、と刺すような痛みが襲う。両目を固く閉じて痛みを堪えた。 いつも麻美は独りだった。 瑞紀と一緒にこの高校に入った。 瑞紀とずっと、2人で仲良くしている、ハズだった。 新しく友達を作り、自分を見捨てた。瑞紀は。 けれど今戻ってきてくれた。友を裏切ってまで、助けてくれた。 それが瑞紀は嬉しかったのだ。そう、それが・・・ 麻美の瞳に涙が浮かぶ。 それが何故流れているかは優羽にはわからない。 傷の痛みか、それとも―――――――― 麻美は両目をゆっくりと閉じた。 麻美の頬を、暖かいものが流れた。 * 「麻美!」 息を切らせて戻ってきた瑞紀のうしろには、養護教諭が居た。 状況はほんの少し説明して来たが、 想像以上の麻美の出血に養護教諭も戸惑っていた。 「これ・・」 「クラスの子とケンカして、窓に頭突っ込んだみたいです・・。」 「あなたは見たの?」 「…いえ。麻美から聞きました。」 「そう・・・。病院へ行きましょう。早くしないと命が危ないから。」 養護教諭は携帯を取り出しどこかへ電話をかけた。多分病院だろう。 「あなた、お名前は?」 「善山です。善山瑞紀。」 「2年C組よね?確か。」 「はい」 「戻っていいわ。ありがとう。」 瑞紀は一礼し、保健室を出た。 やけに寂しい、誰も居ない廊下。 授業中だから無理もないだろう。授業中の喧騒は厭に遠くへ聞える。 カツカツと響く瑞紀の靴音。 “瑞紀、あたしね、告白されたんだ。” 瑞紀は思い出していた。 誰も居ない広い廊下で。 瑞紀は思い出していた。 麻美が最後に、瑞紀に見せた笑顔を。 心から微笑む優しい笑みを。瑞紀は、久しく見ていない。 瑞紀は麻美と中学の頃親友だった。 あくまで過去形である。 『瑞紀・・』 『何?』 『あたし、高校どうしようかな。』 『なんで?麻美賢いじゃん。学区で一番偉いトコ行けんじゃないの?』 『賢くなんてないよ。』 2人が中3になりたての春。 教室でこんな話をしていた。 『同じ高校行きたいなー。瑞紀と。』 『えっ…』 『あたし、きっと友達できないもん。』 『心配なんていらないよ』 瑞紀は右手に持っていたペットボトルのお茶を飲み干す。 『あたしらずっと親友だし。同じ高校行こう。』 『・・瑞紀・・』 『ずっと一緒だよ!約束。』 麻美と交わした約束。 瑞紀は果たすことができなかった。 受験を終え、合格発表の日。 瑞紀は麻美に呼び出された。 『何?』 瑞紀は受かるか否か緊張でそれどころではなかった。 麻美はどうも余裕だった。瑞紀はそれが腹立たしかった。 『瑞紀、あたしね、告白されたんだ。』 瑞紀は素直に喜ぶことができなかった。 緊張の所為もあったが、先を越されたのがとても悔しかった。 それらによる苛立ちで、瑞紀は麻美にきつく当たった。 『あっそ。で?』 『えっ・・?でって言われても・・それだけ。』 『ふーん』 『・・ごめん。怒ってる?』 『別に。意味なく謝らないで』 麻美の笑顔が曇っていく。 瑞紀はその顔を決して忘れはしない。薄れていくどころか濃く染み付いている。 それから瑞紀は麻美と距離を置き、優羽や愛未と友達になった。 瑞紀は、そのとき気にはならなかったが、今はとても後悔していた。 そこからだった。 2人が、親友ではなくなったのは。 2人が、他人になってしまったのは。 BACK * NEXT |