「これとこれ、花束にしてください」



瑞紀は、花屋に居た。

見舞い用の花束を購入していた。

代金は瑞紀が出したが、それは構わなかった。



――― 瑞紀、ごめんね、ありがとう、って。ずっと



ずっと。麻美は自分を想ってくれている。

そう思うと、瑞紀は申し訳なく思えて仕方が無かった。



「お見舞い用ですか?」



店員の、若い女性が瑞紀に話し掛ける。



「はい…友達が怪我しちゃって。」

「大変そうですね。高校生?」

「はい。」

「早く治るといいね。お友達の怪我。」

「はい…」



“友達”

友達・・・

瑞紀はついそう言ってしまう。

麻美はそう思ってはいないかもしれないのに。

瑞紀は自己嫌悪に陥った。



   *



病院の前にあるコンビニに、瑞紀は立ち寄った。

喉がとても渇いていた。


瑞紀は結局お茶とクッキーを購入してそのまま、病院の建物の中へ入る。

お茶のペットボトル片手に、瑞紀は麻美の病室を探した。



「…麻美、入るよ」



病室を見つけた瑞紀は、そう言ってから個室の戸を開いた。



「瑞紀…いらっしゃい」



麻美は瑞紀を見つけると、少し微笑んだ。

窓を開け放って外を眺めていた。

微笑む麻美の頭部には包帯が巻かれ、一部の髪は剃られていてなくなっていた。



「麻美、お見舞いだよ」

「ありがと・・」



瑞紀は花束を麻美に差し出す。



「・・・いい香り。瑞紀が買ってくれたの?」

「うん。」

「・・・でも、先生でしょ?先生が、お見舞い行け、って・・・」

「言ったよ。お見舞いに行ってくれないか、って。」



瑞紀は正直に言う。

明らかに麻美の顔が曇って行くのがわかった。



「…でもね、コレはあたしが自主的に買ったから。頼まれたんじゃなくて。」



付け加えるように、瑞紀は言う。



「・・ありがとう」



控えめな笑みで、麻美は言った。



「誰も来てくれないと思ってた。」

「何言ってんのよ。」

「だって…谷村さんに突飛ばされた時のみんなの目が・・忘れらんなくて・・」

「・・・」

「気失ってる間もずっと。夢にまで出てきた。冷たいあの視線が」



麻美の目から涙が溢れた。



「気付いたの。居場所なんかないんだって。」

「・・・」

「あたしがタクと付き合ってるから――――――」



麻美が言った瞬間、個室の扉がバタンと開いた。



「タク…」

「相沢先輩・・!」



そこには、拓弥が居た。

サッカー部のユニフォームのまま現われた、汗だくの拓弥。

部屋に入ってすぐ拓弥は麻美に駆け寄った。



「麻美・・大丈夫か?」

「うん…平気だよ。けど、髪・・・」



麻美は、ガーゼの乗せられた傷口をゆっくりとさすった。



「仕方ないだろ。怪我したんだし。それにそれだけだったらわからない。」

「うん・・でもタクが好きって言ってくれたのに・・この髪。」



俯いた麻美を、拓弥は抱き締めた。



「髪がどうなろうが俺は麻美が好きだから」

「…嫌いにならないでね」

「当たり前だろ」

「・・・ねぇ」



隙を見て、瑞紀は麻美と拓弥に話し掛けた。



「相沢先輩と麻美…付き合ってんの?」

「・・・」



麻美と拓弥は顔を見合わせる。



「…うん。付き合ってるよ」

「麻美、何で言うんだよ・・・」

「いいじゃん・・・瑞紀だけだし」

「でも麻美…。善山さんって、谷村さんと仲いいんだろ?」

「いいの。あたしは瑞紀は信じたい。」

「・・・」



不満気に拓弥は、瑞紀を見つめる。

そして諦めたのか、拓弥は手近なパイプ椅子に腰掛けた。

ギシ、と音を立ててパイプ椅子は撓(しな)った。



「瑞紀・・黙ってて、ごめんね。」

「ううん。キッカケとかなかったしさ…。いつからなの?」

「2年になってから。タクから告白して来たの。」



麻美が話しているのを、拓弥は無言で聞いていた。



「他の相沢先輩のこと好きな先輩居るんじゃない?バレー部の並木先輩とか…」

「みんな知ってる。タクが全部話してくれて、3年の先輩には許可取った。」



瑞紀は、未だ俯いている拓弥を見た。

瑞紀の視線に気付いた拓弥は一瞬顔を上げたが、すぐにまた下を向いた。



「タクね、言ってくれたの。ヤなこと言われるのも、隠れるのも嫌だろうから、って。」

「…優しいんだね。相沢先輩・・」

「うん」



微笑んだ麻美の表情は、本当に幸せそうだった。

愛未に怪我を負わされた恐怖も痛みも、全て忘れているかのように。



「麻美・・俺帰るわ」

「えっ…なんで?まだ居れないの?」

「ごめんな。部活ほったらかしで来たからさ。また来るよ」

「うん・・・頑張ってね。」

「あぁ。善山さん、邪魔して悪かった。」

「ううん・・あたしこそ、色々ごめんなさい。」



拓弥は一瞬微笑むと、麻美に手を振ってから個室を出た。

拓弥の走る足音が、だんだん遠くになって行く。



「やっぱりいい人だね。」

「うん。付き合ってみて…はじめてわかった。」

「…あたし、愛未に言わないから。」

「・・わかってる。瑞紀のことは、信じてるからね。」



瑞紀と麻美は微笑みあって、そして茜色の空を眺めた。






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